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2010年8月 5日 (木)

…美術の大衆化?

こんにちは、唐澤です。

近美で行なわれている『建築はどこにあるの?』展に行ってきました。
建築家によるインスタレーションの展覧会で、とても面白かったです。会場入ってすぐの作品が、いいです。空間を扱っている人のものの見方というのは、自分にはないもので、発見がたくさんあります。
今年の展覧会マイ・セレクションのベスト10に入るかもしれません(笑)。ちなみに今のところの受賞候補は他にワタリウムの落合タムの個展、現美のフセイン・チャラヤンです。

この展覧会では写真の撮影が許可されていて、撮った写真をアップするためのサイトもあるそうです。森美のアイウェイウェイの時も同じようなアイデアがありました。i-phoneの勢力を感じます。機会オンチの私にとっては疎外感を感じずにはいられない…
それはさておき、インスタ作品の写真を撮るというのは、作品を理解する手助けとしてとてもいい方法ではないでしょうか。空間の見方・切り取り方を決める、というのが写真だと思うので。
以前美術館の人が言っていましたが、著作権の問題をクリアすれば、作品保護上はフラッシュをたいての撮影でもまず問題ないそうです。ただ撮影許可をすると記念撮影をする人が出るので、流れが滞るのを避けて撮影不可にしているとか。


7月いっぱい唐澤・ワシダは、大学で学芸員免許を取るための実習に出ていました。
御物袋や風呂敷の使い方、掛け軸のかけ方とか巻物の見方、額の掛け方、ライティングの仕方…5日間でみっちりいろんなことを教わりました。

代えのきかない1点ものの美術品を扱うので、注意しなければならないことはたくさんあるし、それだけ神経も磨り減ります。
が、レクチャーに来てくださった五島美術館の学芸員さんや、ライティングの専門業者の人が、プロ意識を持って、しかも「作品をよく見せる」「作品を安全に扱う」というように、全ての動作に根拠があってやっているのが魅力的に感じました。
特にライティングは、作品の見え方をかなり規定します。作品を細部まで見せたいのか、どれかひとつの作品を際立たせるのか、あるいは空間全体の雰囲気を優先するのか。想定するお客さんの身長によっても光は変わります。本当にいろんな条件が絡んでくるので、唯一の正解というのはなくて、どれを優先するか、どれがベターな選択なのかという判断で、とてもおもしろかったです。

実習を終えて、改めて学芸員になりたいと思いました。
飲食のバイトをしていたとき、よく注意されていたのが「声が小さい」それから「仕事が遅い」でした。なので飲食のアルバイターとして最悪なんですけれども(笑)
合わせなくてはいけないと思ってしばらくは頑張ってみたのですが、ある日なんとなく突然、バイトにそんなに頑張るのもおかしいかも、どうしたって向かない仕事もあるかも、と思い、辞めました。自分が普段大事にしているものと、その仕事で求められているものが違いすぎていたように思うのです。学芸員の仕事は、それがすごく近そうな感じがします。もちろんいざ本当に仕事になれば、大変なことはたくさんあるでしょうけれども。
どういう見せ方をして、どういう解説をつければ、より作品の魅力がお客さんに伝わるのかを考える作業は、ぜひやってみたいと思いました。


相模原市民ギャラリーで学生作家の展覧会「いないいないGO!」が始まりました。去年度吉祥女子高校で行なった、パナソニック教育財団助成の鑑賞教育プログラム開発にゲスト講師として入ってくれた、福本健一郎さんが出展しています。
私は先日、福本君の作品設置の手伝いのために行って来ました。国立国際美術館で行っていた「絵画の庭」展のように、個人のブースが連なるような会場構成ですが、それぞれのスペースが広くて、グループ展ではありますが一人一人の作家さんがやりたいことが充分にわかるような展示になっています。
はやぶさのカプセルと合わせて(笑)、相模原まで足を運んでみてください!

「いないいないGO!」
学生企画による学生作家の展覧会
7/31~8/22(水曜日休館) 10:00~19:00(入館は18:30まで)
@相模原市民ギャラリー(JR相模原駅駅ビルNOW 4F)
入場無料


最近思うようになったのですが、作り手が“作り手”だという、ある種の自覚みたいなものを持って作品を作るようになると、その意気込みというのは絶対作品に出てきて、作品が良くなります。でも良くなると、逆に普通の家には飾りにくい雰囲気というのも、同時に出てくる。
私は以前、サラリーマンが普通の家で作品を楽しむようなことが増えたらいいと思っていました。でも、普通の家で楽しめる作品というのは、どこか隙というか、ゆるさがないといけないらしく、それは、作り手が作家意識を持って、プライドをかけて作った作品には出ようがないようなのです。ほんとうにいい作品は、普通の家には置けないのかもしれません。
いえ、これはどんな作品をいいとするかによっても違いますから、正確に言えば、(私が)いいと思う作品は、普通の家には置けない、と言うべきかな。
すごく偉そうでかたい言い方をしてしまえば、今まで自分が目指していたことは大きく見れば「美術の大衆化」ということだったと思うのです。高尚なイメージのある美術を、広く一般の人に楽しんでもらいたい、という。でも、今になって、当の自分が好きな美術というものが、大衆化とは全く逆の方向を示していることがわかってきたのです。
そうなると、美術は広めなければならないのかという話になってきて、とても矛盾します。この前『Home』展に出展してくれた小林裕子さんとご飯を食べていた時にも、この話は出てきました。
ワシダは「よりたくさんの人が楽しめる美術」を目指しているようで、私の中にあるこの矛盾はなく、ここは私とワシダの間でも時々ぶつかる事でもあります。

水戸芸術館でマンガ・アニメの展示が始まります。
マンガやアニメは、まさによりたくさんの人が楽しんでいる美術です。ただ、それらを含めて欧米と比較しながら「日本ではこんなに美術が普及している」というのはルール違反ではないかと思うのです。マンガ・アニメが美術でないといっているのではなく、そこまで拡張して美術を捉えて、日本は美術大国だと言ってしまっては、「美術」がなし崩しになってしまうというか。
私が以前「美術のおもしろさをより多くの人に」と何の疑いもなく思っていたときの美術は、明らかにマンガやアニメを含んでいません。絵本なども含んでいません。こういう言い方はもう古いのかもしれないけど、いわばハイ・アートのことを指して言っていました。
水戸芸術館の展示は、マンガ・アニメを日本美術として捉えることに対して、肯定的なのでしょうか否定的なのでしょうか。とても気になります。見に行きたいです。がしかし交通費も気になります(笑)水戸芸術館…遠いなあ。


唐澤茉也

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